イモリ全書
妖怪イモリ
昔話の中で、イモリが妖怪のように扱われています。



  水に浮かぶ巨大イモリ 

  薄原郡朝日村から五泉の方へ越えていく山中に、三五朗池という池がありました。
  この池に長さ四尺(1.3mくらい)ほどにもなるイモリがいて、
  夏の天気がよい日には、必ず水上に浮かび出てきたそうです。

  また、論瀬村古阿賀というところには、五尺ほどもあるイモリがいて、
  日中、田に人がいないとき、堤の影をしばらく見ていると、ひそかに浮き出てきたそうです。

  その背は鉄黒で、あごは朱のようだったそうです。(確かにイモリらしい。)
  里人が不意にこれを見たときは、ヘビと見違えて、驚いて病まないということです。
  (北越奇談)


  臭い巨大イモリに襲われる

  宝暦のはじめのころ、吉左衛門という人が、夏に千隈河(千曲川)の支流を越えるときに、
  何者かが水中から矢のように飛来して、両足にからみ、口を開いて食いつこうとしました。
  吉左衛門が声をあげると、草刈をしていた男が鎌を持って駆けつけてきましたが、怖くて近づけません。

  ちょうど、鋭く尖った柳の切り株があったので、それをそいつの頭に突き刺すと、逃げ去っていきました。
  それは五尺ほどの大きさで、背は鉄黒で、腹は朱のような色で、四本の足があって龍盤魚(イモリ)に
  似ていたそうです。また、とても臭くて、吉左衛門についたこの匂いは、年を経ても、なくならなかったそうです。

  (北越奇談 「信濃奇勝録」の記事)


  黒いイモリ坊主の怪

 佐渡の見付嶋に儀左衛門という人がいて、50歳の時に家族を連れて四方に堀がある古い屋敷に隠居しました。
 しかし、半年ほどすると娘が病気になってしまい、名医に見てもらいましたが、治りそうにありません。
 そこで、三原の南光院という占い師を呼んで見てもらったところ、
 その屋敷は祟られているから、娘を本家に帰すと良いといわれ、さっそくそのようにしたところ、
 するとすぐに娘は元気になったのです。

 しかし次の日、ほかの家族も屋敷から本家に戻ってきました。
 話を聞くと、なんと夜になると、化け物が出てくるというのです。

 そして、うわさを聞いた、近所に住む隅田小太郎という力の強い郷士は、
 その化け物を退治するため、あの屋敷へ出かけました。

 そして真夜中、その屋敷で小太郎が寝ていると、その化け物はあらわれました。
 黒くて大きな坊主6人が、立っていたのです。
 小太郎はすぐに退治を始めましたが、刀で切っても、素手で戦ってもまったく手ごたえがなく
 取り囲まれて、追い込まれていきました。

 そこにちょうど儀左衛門が家来を連れてやってきました。
 屋敷の中には恐れては入れませんでしたが、家来が外で鉄砲を撃つと、化け物はその音に驚いて
 どこかへ逃げ去っていきました。

 小太郎は、化け物は泥臭いにおいがしていたので、屋敷の周りの堀のなかから現れたのだと考え、
 さっそく儀左衛門にそれを伝えると、堀の泥を取り除くことになりました。

 さっそく泥を10mほどさらえると、堀のそこに3丈(9m)ほどの泥がたまっているひとつの穴が見つかりました。
 さらに取り除いてだいぶ泥が浅くなったところで、動くものが現れたので、
 小太郎がそれを鯨用の銛で突くと、真っ赤な泥が吹き上げました。

 さらに泥をかきあげると、なんとそこには、長さ6尺(2m)ほどあるイモリが二匹死んでいたのです。
 さらにその下に4匹いたのでそれも突き殺して、海に捨てたそうです。
 その重さをはかると、一匹21貫(80kg)もあったそうです。

 その後、あの屋敷では何も起こらなくなり、儀左衛門はそのままそこに住んだそうです。
 そして小太郎は、化け物に立ち向かった勇敢さで、佐渡中にその名が知れ渡ったということです。

 (物集高見 広文庫 北越奇談「ゐもりの怪」)



   ※ここに載せたものと同じような話があります。
  リンク  井守の怪  (柔構造の「悪魔百科」)


参考文献

  「イモリと山椒魚の博物誌」<工作舎 碓井益雄(著)>
  「世界大博物図鑑 第3巻 両生爬虫類」<平凡社>



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